53年、受け継がれている愛と魂[蛇の目のミシン]


結婚して35年。妻が嫁入り道具として持ってきた古いミシン。聞けば、妻が小学校6年生の時に、手縫いで繕いや雑巾を縫っている娘を見かねて、今は亡き母親が無理をして買ってくれたものだという。もちろん、電動・電子式などではなく、足踏み式、直線縫いしかできないものである。結婚し暫くして、ようやく購入したマイホームにミシンを持ち込むときに妻が『「ジャノメ」(メーカー)に申し込めば足踏みのミシンが電動に変えられるというから、是非申し込みたい』という。当時の最新式を購入、という選択肢ももちろんあったが、妻は「母の買ってくれたミシンを使い続けたい」という。
かくして、駆動部分が「足踏み式の人力」から「モーター」に換装された「愛と魂の鉄の塊」が我が家に引っ越してきた。
このミシン、とにかく重いのだ。鉄製で、40kg近くはあるのではないだろうか?そう、昔のミシンはそうであった。
あれから35年近くたったが、3人の子どもたちの上履き入れ、手提げバッグ、給食のエプロン、雑巾・・・様々な作品がこのミシンと妻によって命と愛が吹き込まれて生まれてきた。
電動化するとき、メーカーの方がこう言っていたという。「とにかく壊れないんですよ、この時代のミシンは。まだまだ、何十年も使えますよ・・・」老舗メーカーの社員が語った言葉が、今、熱く心を打つ。
昨日、妻が「ミシンの動きが重いんだけど、見てくれない?」と言ってきた。初めてのことである。
まったく知識のない私であるが、早速にわかメカニックに変身だ。今どきの電子機器には歯が立たないが、昔のエンジンや、アナログなメカであれば、何とかなる、という自信があった。・・・はずみ車を手で回してみると、なるほど「重い」。クラッチ(とはいわないだろうが)を緩めて、モーターと針の駆動系統を切り離してモーターの回転をチェックしてみると、モーターは問題なさそうだ。クラッチを繋いで、針を動かした途端「重く」なるのだ。
筐体のあちこちを開き、はずみ車を回しながら細部の動きを確認してみると、どのパーツも、接合部分も、駆動部分も、破損もないし動きに問題はなさそうだ。とすれば、あとは「機械的な摩擦」だろうな・・・と推察し、あちこちに注油してみた。
奮闘すること1時間ほど。重い筐体を傾けながら底部の回転軸の軸受けの部分に注油したところ、見事に「軽やかな回転」が生き返ったではないか!!
妻の嬉しそうな顔!そして、それを見ていた私は、なにか熱いものがこみ上げてきた。
自分たちの作った製品に自信と愛情を持ち、永く使ってほしいというメーカーの思い。そしてそれを買ってくれた親の思い。さらに、その思いを大切に受け継ぎ、子どもたちに愛のこもった形として伝えている妻。
何でもかんでもコンピュータ制御の時代の今。少しでも具合が悪くなれば「処分」&「買い替え」をしてしまう今。「もの」にこもった人間の魂や愛を、今一度、感謝の心をもって見つめてみたいものである。