【毎朝、通学で見る風景】子どもの頃、雪融けの頃は野山に残った残雪が凍り、その上を歩いて里山の斜面を渡って遠回りした。春には農家の田植風景を横目で見ながら家路を歩いた。夏、終業式が終わると飛んで帰り、嬉々として昆虫取りに野山に出かけた。秋は山ブドウやアケビを探して野山で遊び、晩秋の木々の彩りよりやがて来る白銀の世界を待ち焦がれた。そして目がくらみ息が詰まるような猛吹雪の中、友の背中を見失うまいと必死に学校まで歩いた冬。
月別アーカイブ: 2021年10月
【自主的に責任を取ると馬鹿を見る韓国社会】
【今日のYahooニュースより(立花 志音:在韓ライター)】
「どうして韓国人は道端にごみを捨てて唾を吐くの?」
=自主的に責任を取ると馬鹿を見る韓国社会=
交通整理一つにしても誰も決まりを守らないので、ありとあらゆるところに監視カメラがついて、駐車違反、速度違反をすると罰金の振込用紙が証拠写真と共に送られてくる。周りが決まりを守らないから、自分だけ守るのは馬鹿馬鹿しいと考えている。自分が決まりを守らないのは自分の責任ではなく他人の責任だということだ。よって、国民の公共意識が上がることはなく、無責任な社会になっているゆえだ。 韓国は自主的に責任を取ると馬鹿を見るので、半強制的に責任を取らされる社会のように見える。誰が何をどこまでやるべきなのか、社会の一員としての責任を親も学校も教育しないのだから問題解決策は生まれない。
五十嵐【衆議院総選挙の真っただ中。政治や社会の責任にばかりしていると、韓国文化と同じになってしまう。ここは日本。日本人として日本文化を見直したい】政治は国民のレベルを超えない。
【見て見ぬふり】
【見て見ぬふり】
「まったく、悪い奴がいるもんだ」「タバコなんか吸わなきゃいいのに」「どういう教育してるんだ」「親の顔が見たい」「早く誰か掃除してほしい」「お役所は何をしてるんだ」「信号待ちの間に車から捨てたんだな」
しゃがみ込んで拾っていると「五十嵐さんご苦労様です」と町内の方が声をかけてくれた。
私は「誰か」の一人にすぎない。目に見えないが、知らない誰かが一隅を照らし、誰かに助けられている。
妬む、羨む、より「許容と尊敬」、「関心・感動・感謝」(3カン)で生きたいものだ。自分を生きるために・・・。
言葉は重要だが、浮世の理屈を積み上げた「人間の身勝手」の隠れ蓑でもある。
【山と川と海と空】
【山と川と海と空】草刈り日和(^^♪
全部つながっている!そして「人間の命」ともつながっている。単純なことだ。(イラストはネットより転載)
【捨てた?置き忘れた?】
【捨てた?置き忘れた?】誰にでもある(あった)はずのもの。人間にとって、「勉強」は大事だが、それは「理屈」を上乗せし自分らしさを覆い隠していっているに過ぎない。
こんなイメージがどこかに残っているとすれば、それは脳の記憶、といいきれるのだろうか?
「こどものこころ」を呼び覚まし、「自分らしさ」として生かして生きたいものだ。
谷内六郎の絵には、それがあるなぁ(^_-)-☆(画像はネット転載)
【食べる、ということ・・】
【まさか農業関係者では・・・】
【まさか農業関係者では・・・】仮払い機で川土手の草刈り。「ガキッ!」という音とともに激しく跳ね返された。雑草でまったく見えなかったが、ナント、耕運機の鉄車輪。農業といえば自然を相手にした(というより、大自然の恩恵でなりたつ)生業のはず。特にSDGsなどと叫ばれている昨今、まさかその関係者が平気で自然を傷つけるなんて考えたくない・・・( ;∀;)
あ”~~~~~刃がボロボロだあ”~~~(;;)
【悪いのは政治!?】
【悪いのは政治!?】衆議院選挙が決まった。日本は選挙モードに入る。「どうせ何も変わらない」「政治家なんて・・・」「選挙なんて・・・」と、いつもながらの倦怠ムードも漂ってくる。
過激な主張の政治団体を立ち上げたり、政見放送では、放送禁止用語を叫んだり、全裸になったり、プロポーズしたり・・・。眉を顰(ひそ)める方も多いだろう。見方を変えれば、これらが許される言論の自由があり、平和な国、と言えなくもない。
ただ、一つ間違いのないことがある。
「政治は国民のレベルを超えない」ということだ。
「政治が悪い」「政治家なんて・・選挙なんて・・」などと言う前に、襟を正したいものだ。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/93109?fbclid=IwAR04pegm4NA0OJrZXjfJ70QPj1JzzYVKDCcrHsJqHOoG99BAn0Hd6OoPbIU
https://www.tokyo-np.co.jp/article/93109?fbclid=IwAR04pegm4NA0OJrZXjfJ70QPj1JzzYVKDCcrHsJqHOoG99BAn0Hd6OoPbIU
【原風景。藁プール。山ご飯。発動機!】
【原風景。藁プール。山ご飯。発動機!】この子たちはよく手伝ってくれる。なぜか「ほっ」とするものがある。
私が子どもの頃は農作業を手伝えと言われると、いいも悪いもなく(有無を言えず)、だがそれほど嫌な気もせず、山に遊びに行く気分で手伝ったものだ。稲刈りをしたり、稲を運んだり干したり。脱穀し終わった藁の「藁プール」は最高の運動場で、トランポリンかフカフカのベッドのようだった。動力源の「発動機」のハンドルを使っての始動は、最初は怖くて子どもには勇気のいることだったが、できるようになると大人になった気分がしたものだ。
ギュウギュウに圧縮されたご飯の弁当には卵焼きと梅干。それで十分で、父母と食べる山ご飯は最高にうまかった。
子どもたちに「里山とそこに暮らす人々の原風景」を伝え残したいものだ・・・。
【これが自分で植えたお米だぁ!】
【これが自分で植えたお米だぁ!】今日は籾摺り!!
春先から、秋まで。田おこし、代かき、田植え、草取り、稲刈り、乾燥、脱穀、籾摺り、精米。
お米作りにはこの他に、土つくり、苗づくり、施肥、畦塗、水の管理、防虫・防鳥、病害防除、温度管理、台風対策など、山ほどの作業があります。
普段何気なく食べているお米。
農家の方々の苦労がわかると、ご飯の味もきっと変わりますよ(^^♪