【嫌がらせを受けるロシア人】
これも、誤解を受けそうだが敢えて発言したい。
在日ロシア人たちが、差別による嫌がらせを受けているという。宿泊拒否、営業妨害、いじめ、嫌がらせ・・・。
被害者によると、もはや「ロシア人」と言いにくく「ブルガリア人」などと偽ることもあるらしい。
気の毒だと思うし、被害者に罪はないことも理解している。
が、ここで言いたいことがある。「国」とはそういうものだ、ということ。日本人だって例外ではない。「日本国」が何か起こせば「日本人は・・・」ということになる。
「国なんて関係ない、個人は個人だ」、「政治の問題だ」、「よその国の話だ」、「独裁者がいるからだ」、「民主主義国家じゃないからだ」、「歴史が違う」、「自分は外国に行かないから関係ない」・・・などなどが聞こえてきそうだ。
どうか私の考えにも耳を傾けてほしい。「そういう考えの人間の集まり(国)だからリーダーが暴走する」のだと思う。別の言い方をすれば「国を意識していない人間の集まりだから」ともいえる。
日本はまだ「平和」だ・・・が、戦前の日本(見方によっては未来の日本)を見せられている気がする。国を作る(変える)のは「民衆」なのだ。決して政治が先ではない。個々人があり、生活があり、文化が生まれ、血が流されながら国が形作られ、政治が生まれ育つ。そして「感謝」と「尊敬」を育みながら久しく営まれなければならない。国というバリアがあるから自分も、愛する人たちも生きていける。今こそ、目に見えない「国」という存在の重要性を考える時だ。
ロシア・ウクライナの戦争を対岸の火事のように見物していてはならない。