【ハードルを越える、超える】
ポールを左右にステップして避け、ハードルを潜り、飛び超える。今日も朝練の中学生たちが私に元気をくれる。
人生には「ハードル」が付き物だ、などと云われる。
誰にでも上手くいかないこと(ハードル)があるが、工夫したり、鍛えたり、助けてもらったりしながらそれを乗り越える。あるいは、ハードルを避けて迂回したり、あきらめて後戻りしたり・・・。
つい他人と比べて「何故自分だけ・・・」などと考えてしまう場合もあるだろう。
人生のハードルを越えることを「美化」して、「逃げてはだめ」「努力で乗り越えろ」などと叱咤激励されることも多い。
ハードルを「苦難」だとすると、それは「偶然に降りかかってくる事」と考えがちだろうし、自分の夢や目標を達成するための「試練」と捉えれば、自分で望み仕向けたこと、とも云える。
大事なのは、この両者に違いはない、ということ。偶然のような「苦難」でも、決して偶然ではなく己が招いた「必然」なのだ。望んだつもりはなくても「知らないうちに自分が(あるいは自分の背負った生い立ちが)招いて」いる。これは病気でも事故でも、神羅万象が全てそうだ、と考えてみる。
「(生い立ちも含め)全ては己が招いたこと。誰のせいでもない」と「頭ではなく肚(はら)」に据えてみると、意外にハードルは低くなるものだ。
宗教でも哲学でもない。社会が悪い、政治が悪い、誰が悪い・・・などと他人が作った理屈と利得の水の中を頭で泳いで生きるより「己の肚」で根を張って生きてみたいものだ。それが「この世に生まれ自分の命を生きる」ということだと思う。